東京高等裁判所 平成4年(ラ)204号 決定 1992年6月26日
抗告人 芹澤弘子
<ほか三名>
右四名代理人弁護士 河崎光成
同 望月健一郎
主文
原決定を破棄し、本件を東京地方裁判所に差し戻す。
理由
第一執行抗告の趣旨及び理由
抗告人らは、「原決定を取消し、原決定添付別紙請求債権目録記載の請求債権の弁済に充てるため、同目録記載の執行力ある債務名義の正本に基づき、債務者が第三債務者に対して有する原決定添付別紙差押債権目録記載の債権を差し押さえる。」との裁判を求めた。抗告の理由は、別紙のとおりである。
第二当裁判所の判断
一 一般論として、弁済供託において債務者が有する供託金取戻請求権に対する差押、転付命令が禁じられるものでないことは、判例の示すところであり(昭和三七年七月一三日最高裁第二小法廷判決も、直接には判示してはいないが、このことを論理的前提としているものとみるべきである。)、実務も長年これを是認してきたところである。この点については、反対の見解もあるが、一律に差押、転付命令が許されないとの理論は当裁判所の採るところではない。
確かに、事案によっては、取戻請求権の差押を認め、その取立を許しまたは転付命令を発することによって複雑な法律問題を生ずる場合があることは当裁判所もこれを否定はしない。しかし、こうした問題も、多くの場合弁済供託制度の趣旨を活かして解釈することによって、解決し得るところである。取戻請求権に対する差押を許さないとすることによる弊害もまた少なくないことを考えると、明文の規定がないのに一律に差押が許されないと解するのは相当でない。角を矯めて牛も活かすのが実務に望まれる知恵であろう。場合により、事案に応じて実質的な考慮を払うべきである。
本件は、被供託者である債権者からする申立であるから、以下この場合に限って説明する。原決定は、債務者自らの意思に基づかないで取戻請求権が行使される結果、後に債務名義となった仮執行宣言付判決が取り消され、債務者の占有権原が判決によって是認された場合には、有効であったはずの賃料の弁済の効果が覆されることを懸念し、これは債務者の弁済充当の指定権を害するものであるという。しかし、これは形式論に過ぎる。また、仮差押は許されるから債権者に不利益はないとしているが、仮差押では満足の段階に進むことはできないから、債権者の早期の権利実現を目的とした仮執行宣言の趣旨にもそぐわない。債務者の供託が有効であった場合にこれによる弁済の効果を維持することができれば、債務者の権利が害されることはないのであるから、債務名義となった仮執行宣言付判決が上訴審において取り消され、債務者の占有権原が是認されたような場合には、債権者が強制執行によって満足を受けた金額は、債務者の供託したとおりの内容で、つまり賃料の弁済として効力を生ずる(債権者として自ら債務者の取戻請求権を差し押さえ、これを取り立て、あるいは転付命令を受け(すなわち債務者の自由を奪っておきながら)、後になって債務の弁済の効果を否定することは許されない。)と解すれば足りることである(債権者がこれを否定するとすれば、明らかに権利の濫用であろう。なお、債務者としては、原状回復の申立をして仮執行によって得た額(及び利息額)を取り戻し、改めて賃料を支払う(弁済の提供があれば、遅延損害金は生じない。)ことも、選択によって可能であろうが、こうした迂遠な方法をとる必要はない。)。このように解すれば、債務者の不利益もないし、債権者の早期満足も実現できる。したがって、債権者が供託制度の構造を悪用するなどの特別の事情が窺える場合でない限り、取戻請求権に対する差押や転付命令が許されないとする理由はないというべきである。ついでに、付け加えておく。債権者としては、取戻請求権に対して強制執行をしなくても、債務者の他の財産に対して強制執行を申し立てることができるが、これは債務者にとってもかえって迷惑なことである。それよりも、占有権原の有無を巡って争っているというだけの理由で宙に浮いてしまっている供託金を有効に活用する知恵を働かせるのがむしろ常識というものであるし、両当事者にとって利益でもあることを考えるべきである。
以上の点を考慮することなく抗告人の申立を不適法として却下した原決定は、法律の解釈を誤ったもので相当でない。
二 以上のとおりであるから、原決定を破棄し、その他の強制執行の要件の有無を審理させるため本件を原審に差し戻すこととして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 満田明彦 高須要子)
<以下省略>